農林中金バリューインベストメンツ株式会社
常務兼投資最高責任者 奥野 一成
真のバリュー投資を実践する日本では出色の存在
柳下裕紀さんは、DIAM(日本)、Value Partners(香港)等、国内外で、計約20年間の株式ファンドマネージャー経験を含め、一貫して投資運用を経験し、現在は自身の会社Aurea LotusのCEOとして、経営や買収のコンサルティング、個人投資家向けプログラムを主宰するなど、「バリュー投資」を切り口にその活動範囲を拡大しています。
ウォーレン・バフェット氏に代表されるバリュー投資は、事業の経済性を見極める技量と市場に流されない胆力が不可欠です。私も含めてサラリーマン投資家が多い中で、柳下さんの存在は日本のバリュー投資界において出色です。とりわけ海外企業も含めて広く事業を分析する能力は、国別、セクター別のサイロに陥りがちな投資業界において稀有なものと尊敬しています。Facebookや自身のブログでの発信コメントは、自らの頭脳で考え、実際に行動する中でしか得られない知見に満ちており、いつも参考にさせてもらっています。
柳下さんがバリュー投資家として素晴らしい能力を有しているのは、経歴が証明していますが、投資することと教えることは必ずしも一緒ではありません。名プレーヤーが名コーチになるわけではないのです。ところが、柳下さんの場合、自身のバリュー投資を個人投資家向けに教えることを実践していて、その教える能力についても検証されています。
単純に、簡単に、短期的に儲ける方法を柳下さんが教えてくれるとは思いません。むしろバリュー投資とは様々な要素を結び付ける仮説構築・検証のプロセスであり、結果として長期的に財産を増やしてくれるもの、この原則を学んで頂くために、柳下さんの講義をお勧めします。
奥野一成(おくのかずしげ)プロフィール
農林中金バリューインベストメンツ㈱常務兼投資最高責任者。銀行融資、債券投資、オルタナティブ投資の経験を経て2007年より農林中央金庫において長期厳選投資を開始。国内外の厳選された企業を超長期で保有するスタイルを実践している。
2016.04.30
今日は直近で発表された日米の2銘柄の業績発表について少しコメントを。
企業価値創造に不可欠な参入障壁を築く為のビジネスモデルの一つがニッチトップで、ニッチな市場というのは、要するにマーケットが小さくて魅力があるように見えない、特に大企業にとっては、研究開発をして投資をしてマーケティングをして、と諸々のコストをかけ、競争して獲得出来るサイズが企業規模に見合わない、だから最初から入ろうとしない、そこで差別化を図れた中小企業がトップシェアを獲り、付加価値を享受出来る素地がある、と解説しました。
直近で決算発表のあったファナック(6954)も、間違いなくグローバルニッチトップの一つです。
NC装置、つまり、工作機械やロボットなどの動作を制御する数値データをプログラムに組んで自動加工(=Factory Automation)させる数値制御装置ですが、世界で圧倒的トップシェア、約6割を握っています。
海外売上比率が8割ながら、中核部品も殆どを内製して高い利益率を確保している秘密には、同社製品が特注品の多い競合他社とは異なり、シンプルな設計の標準品が中心で、価格もむしろ安め、その開発思想が、部品点数が少なく、安定した使い慣れた技術、信頼性を重視する、という所にあり、部品点数が少ないゆえに生産工程を自動化するメリットが生まれやすい、昼夜一貫生産の出来る無人ラインの工場で生産量を上げる事でコストダウンも図れる事、
そして何より、部品点数の少なさによってアフターケアで『生涯保守』を可能にしている、通常の生産財メーカーが在庫負担ゆえに大体10年分しか持てない保守部品を生涯供給出来る、等々、細部まで考え込まれた『仕組み』によって顧客ロイヤリティを生み出し、囲い込みを図ってきた訳です。
100%の国内生産比率を維持しながら、BtoBの生産財で圧倒的シェアという優位性によって、輸出を100%円建てで行い、為替リスクを回避するなど、ニッチトップの一方で、規模のメリットも享受してきました。
過去3年のROICは、2014年が8.62%、2015年が13.62%、そして直近2016年が10.21%です。
ところが直近の同社の業績は今期は41%の減益、2010年3月期以来の1000億円割れ、株価も2015年以降不振が続いていますね。
これは殆どがロボドリル部門、台湾や中国のEMS(電子機器受託製造)向けに、スマホケースのアルミを正確に削る、金属の塊から外枠を削り出す小型マシニングセンタ装置ですが、そこが大きく不振になった事によります。
そもそもファナックの同分野への参入は、ロボドリルの単価が通常の工作機械より一桁安い(数千万vs数百万)製品でうま味が少ない為に、あまり他社が参入しなかった所を狙い、一気にグローバルシェア7割前後を確保した訳ですが、ここで留意しなければならないのは、NC装置のようなBtoBビジネスから、BtoCビジネスへ、特に最も需要変動が激しいスマホ動向に依存する割合が高まったことです。
今回のように、中国の不調で台湾や韓国のEMSからの需要が落ち込むなどの好不調がある分、ボラティリティが大きくなり、シクリカル性の高い銘柄になった訳ですから、その分、Margin of Safetyは高く取らざるを得ない、つまりバリュー銘柄として投資するのは難しくなった、という事が顕著に表れている訳です。
もう1社はAmazon(AMZN)、2016年第1四半期の業績は、AWS(Amazon Web Service)の好調もあり、営業利益が168%増とぶっちぎりでした。
そもそもこの会社については、設立当初から、とにかく巨額の設備投資に非難が集まっていました。いつまでたっても利益が出ない会社という事で、これは実は純利益について言えば、つい最近までカツカツ、もしくはマイナス、という状態がほぼ続いていました。
しかし、何より営業キャッシュフロー、つまり本業の儲けが常に高く、企業価値の源泉であるフリーキャッシュフローが継続的に純利益を10億ドル以上も上回る状態を続けていたのです。
Amazonが売る商品に特に付加価値や差別化がある訳では無く、同社のブランド価値、顧客のロイヤリティを確立しているのは、圧倒的に優れた倉庫管理と物流システムの設計・運営であり、それを初期の段階と継続的な改善によって徹底的に作り込んだ事による強みです。
それが端的に表れているのがCCC(キャッシュコンバージョンサイクル=在庫回転日数と売上債権回転日数の合計から、仕入債務回転日数を引いた数字で、短いほど資金繰り能力が高い)マイナスという驚異的な運営で、つまり、売上が計上される前には、既に資金の回収が終わっている、それによって、運転資金が生み出す豊富な資金を、次の商品開発や販促に回すことも出来る訳です。
これこそが間違いなく高いキャッシュ創出能力とROIC、それを担保する仕組みと強みによって作り上げてきた『参入障壁』です。
単に利益が出ている、PERが低いなどの理由で株を買ってはいけないという事、常に企業価値に照らして判断する思考を身に付けていきましょう。