【無料全文公開】トランプ政権の税制改革 過去からみた米経済と為替への影響は?[安田佐和子]
安田佐和子さんプロフィール
やすだ・さわこ。三井物産戦略研究所北米担当研究員。世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移す。金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、ストリート・ウォッチャーの視点からニューヨークの不動産動向、商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信中。2011年からは総合情報サイト「My Big Apple NY」を立ち上げ、ニューヨークからみたアメリカの現状をリポートしている。
総合情報サイト:My Big Apple NY
※この記事は、FX攻略.com2017年12月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
米国民の要望高まる税制改革の大幅修正
医療保険制度改革(オバマケア)の廃止・代替案移行でつまずいたトランプ政権が、税制改革で挽回に臨みます。9月26日に公表した“壊れた税制を修正する枠組み(United Framework For Fixing Our Broken Tax Code)”と題した案では、公約通り所得税区分を従来の7段階(10%、15%、25%、28%、33%、35%、39.6%)から3段階(12%、25%、35%)へ簡素化します。長女イバンカ氏の意見を取り入れ、中間層向けに保育向け税控除を採用しました。トランプ米大統領は「歴史的な減税となる」と胸を張ります。
そもそも、米国人は税制改革にどれほどの期待を寄せていたのでしょうか。CNNが9月17〜20日に実施した世論調査では、政策の優先課題としてハリケーン直撃まもない事情から「災害支援」がトップで36%となりました。次いで「ヘルスケア」が31%、「税制改革」は12%で3位にとどまります。しかし、税制改革に対し「全面的な見直し」の回答は35%、「大幅な変更」は33%におよび、併せて68%でした。政策優先事項としてそれほど高くなくとも大規模な修正への要望は強く、税制改革に向け政権が動き始めた9月にかけ支持率が過去最低付近から改善したのは偶然ではないでしょう。
本国送金の税率を一時的に引き下げ
今回公表された税制改革の骨子によると、法人税率は経済協力開発機構(OECD)内でトップの39%から20%へ引き下げられました。世界の工業国平均で22.5%以下であるため、普通に考えれば米国の競争力が改善する見通しです。
しかしながら、これらは法定税率であって実効税率ではありません。S&P500構成企業の場合、実効税率の平均は27%でした。また税控除などの合わせ技でみると、米議会予算局の調査では18.6%へ低下します。ドイツの15.5%、フランスの11.2%を超える水準とはいえ、日本の21.7%、英国の18.7%を下回っていたわけです。世界経済フォーラムが集計した2017年版の競争力調査で昨年の3位から2位へ浮上しましたが、実効税率ではその差は縮小するだけに米国が競争力ランキングで上位を維持できたようです。
市場が最も注目するのは、レパトリ減税でしょう。トランプ政権は法人税制を現在の“全世界所得課税方式”から“源泉地主義方式”へと変更する案を盛り込みました。これまで米企業には海外子会社からの配当に35%の税率が課されていたものの、今後は課税対象外となります。また海外に留保していた資金の本国送金いわゆるレパトリについて、税率は未定ながら一時的に引き下げます。
レパトリ減税によりドル高が進む?
出所:ブルームバーグより三井物産戦略研究所作成
出所:米経済分析局より三井物産戦略研究所作成
レパトリ減税といえば、ブッシュ政権下で2004年10月に成立した本国投資法(HIA)が思い出されます。当時は2005年のみの時限立法として、レパトリ法人税率を法定税率の35%から5.25%へ引き下げました。米議会調査局によると、減税対象9700社のうち本国送金に踏み切ったのは製薬関連やテクノロジー企業などを含め9%相当の843社で、その規模は3120億ドルだったといいます。
本国送金の効果は、少なくとも雇用にはあまり反映されませんでした。例えばある製薬大手の場合、370億ドルを米国へ還元させたものの、2005〜2006年に1万人の雇用を削減しました。テクノロジー企業の一例では、145億ドルを送金させた後に1万4500人をリストラさせるなど、利益を最大化させるべくコスト削減に努めていました。
ただし、設備投資は少なからず押し上げたようです。国内総生産(GDP)のうち企業の設備投資の一つである機器投資は2005〜2006年に拡大し、特に2005年と2006年の1〜3月期にはITバブル崩壊後、初めて前期比年率で2桁の伸びを記録しました。成長率はというと、ITバブル後の低金利を背景に2004年は3.8%増と4年ぶりの高水準でピークを打ち、2005年に3.3%増へ鈍化してから3年後には金融危機へ転落してしまいます。
当時の金融政策と現状では、低金利後の利上げサイクルにあるという点で符合しています。2004年6月から利上げを開始し、レパトリ減税対象時期は引き締め2年目にあたりました。そのせいか、ドルは2005年に対円で前年末から14.5%上昇、対ユーロでも14.4%上昇したものです。今回も2004年の流れが続くなら、成長率や雇用、設備投資の規模にかかわらずドル高に振れる余地を残します。歴史は繰り返されるのか、その鍵は税制改革を採決する共和党議会が握っています。
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