【無料全文公開】日・米・欧経済と為替の見通し[森晃]
森晃さんプロフィール
エコノミスト。シンクタンク(アメリカ合衆国)に所属。専門分野は、為替政策、金融政策、マクロ経済政策、金融規制。市場関係者、金融当局者、政策当局者と交流し、多方面から為替の動向について分析を行っている。
※この記事は、FX攻略.com2017年10月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
蝉の声から鈴虫の声へ
8月は学生が学校に戻ってくる。そして、キャンパスも賑やかになる。ビジネスマンもバカンスから帰ってきて、ビジネス街も戦闘モードになる。米国と中国の貿易摩擦はどうなるか? 北朝鮮問題が米中露でどのように解決されるのか? 鈴虫の声とならないかもしれないが、秋はもうすぐそこである。
先進国の金融政策についておさらい
7月12日、下院金融サービス委員会でイエレン議長は、「経済が想定通りなら、比較的早く保有資産の縮小を開始する」と表明。6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、具体的に資産縮小の案が公表された。その案で上限は月100億ドルにとどめ、緩やかに上限額を引き上げることが示された。
今回の議会証言での追加情報は、資産縮小後のバランスシートの規模について「金融危機前よりも大きくなるだろう」、利上げペースについて「今後数年にわたって緩やかに追加利上げをしていくのが適切」の2点である(7月のFOMC前に原稿執筆)。
7月20日、欧州中央銀行(ECB)理事会後にドラギ総裁は記者会見をした。そこで、「12月終了予定の資産買い入れ策について、今回の政策理事会では話し合わなかったが、秋に資産買い入れ縮小について協議する」と語った。
同日、日本銀行は「展望レポート」で2017年度と2018年度の物価上昇率の予測を引き下げ、2%の物価目標達成時期は2019年度ごろになる可能性が高いと見通しの修正を行った。日銀の黒田総裁は、2%達成時期を先送りしたことについて、「残念なこと」と発言している。
ユーロドルは上昇基調
ユーロドルに目を移すと、ECBによる資産買い入れ縮小議論だけでなく、ユーロ圏の経済回復に伴いユーロは買われ続けている(図①)。ドラギ総裁の発言について突発的な印象を持たれるかもしれないが、ドイツの選挙に配慮し秋口に資産買い入れ縮小が議論される可能性はある、と筆者も指摘していたので読者の皆さまは驚くことはなかっただろう。
ドイツはECBのマイナス金利導入には反対してこなかったが、資産買い入れに関しては何度も意見が衝突している。いずれにせよ、ユーロ圏の経済はドイツが支えているのでドイツの意見が理事会に反映されやすい。
米国債券市場は?
次に、米国債券市場はイエレン議長のインフレーションの見通しに懐疑的である。米国債のイールドはあまり上昇していない。2017年末には米10年債の利回りが3%に達すると予想するエコノミストもいる。しかし、それを達成するためには、米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ以外の要因を考えなければ、(トランプ大統領による経済政策が議会から承認されれば金利にも大きな影響が及ぶであろうが)政策金利の誘導目標が2.25%から2.5%前後になっている必要がある。ところが、現在のところまだ距離がある。
金利の引き締めが順調に行われるかどうかについては、バランスシート縮小がどのようにマーケットに影響するか(関係者は小さいと考えているようだ)、金融規制緩和による実体経済への効果(貸し出しの伸びが起こるかどうか)を確認する必要があるだろう。
キャリートレードが復活するとの見方も
最近、親しい米国人のマーケット関係者と話す機会があった。その関係者は 金利差拡大とVIX指数が低いことを根拠に、キャリートレード復活の環境が整いつつあると述べた。もちろん、米国の株価が高いので、その調整が行われるかどうかの議論もしたのだが、その中で米国の銀行株が米国の株価を占う先行指標になるかもしれないという話も出た。金融業界は規制緩和により貸付ビジネスの拡大が期待できる他、金利の上昇により収益が拡大する可能性があるからである(銀行のビジネスモデルによる)。
バーナンキ前FRB議長は、「自分が生きている間(2030年まで)は、政策金利の誘導目標が4%に引き上げられることはあり得ない」といっていたが、過去のように将来金利差は広がるだろうか? イエレン議長は「経済成長は比較的堅調で、われわれが生きている間(2027年)には金融危機は起きない」といっていたが本当だろうか?
ドルは強くなったが貿易赤字は解消されず
ドルが強くなってから、2016年はCurrency-hedged ETF’sからの資金流出が起きた。2017年の状況は、若干の流入である。マーケットのセンチメントはドルの強さに敏感である。FRBが超緩和的な金融政策から正常化へ導いたプロセスの中でドルは強くなった。しかしながら、米国の貿易赤字は変わらない。トランプ政権が気にしているのはこの点ではないだろうか?
折しも、米国は資源輸入国から資源輸出国へ変貌する。強いドルは必要だろうが、米国のビジネスモデルは大きく転換される中で、ドルのバリューがどのようになるのが米国の国益になるのか再考しなければならない。秋風を感じる前に、将来のドルについて思いを巡らせてみてはいかがだろうか。
著者が撮影:2017年7月
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