【無料全文公開】人工知能(AI)と為替(FX)|ファンドの最先端情報[月光為替](FX攻略.com2017年7月号)
世界最大級の投資銀行ゴールドマン・サックスでは、2000年に600人いたトレーダーが、2017年にはわずか2人に。トレードする人間はAIに取って代わられている――という情報を見聞きするようになりました。そうした情報により、人間の能力を凌駕したAIが市場から利益を吸い上げる、そんな時代になったのだと想像する人も少なくないようです。果たして、現実はどうなのでしょうか?
この企画では、本邦ヘッジファンドでAIを開発する月光為替さんにご協力いただき、「そもそもAIとは何なのか」「市場で何をしているのか」といった、基本的な情報の整理を試みます。
※この記事は、FX攻略.com2017年7月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
最前線にいるAI開発者の目に映る現状とは?
本誌の公式ウェブサイトで、週に一回の連載を担当している月光為替さんは、本邦ヘッジファンドに所属する人物。サイトではその知見に基づき、トレード手法やファンダメンタルズなど、基礎的な情報をまとめていただいています。そんな月光さんは、昨年からAIの研究・開発に携わるようになったそうです。果たして、ヘッジファンドはAIに対して、どのような取り組みをしているのでしょうか。最前線の開発者の目に映る現状を、教えてもらいます。
本当の人工知能にはディープラーニングしかなり得ない
編集部 ヘッジファンドの動向は、なかなか表舞台で語られることがありません。月光さんを含め、世界のファンドは、どんなAIを開発したり、市場に投入したりしているのでしょうか。
月光為替 前提として現在、「AI=人工知能」という言葉があまりにも広い意味で語られることが多く、その定義が曖昧だと感じています。私は、本当のAIはディープニューラルネットワーク、つまりディープラーニングを使って何かの機械学習を広義のAIとして語り、さらには機械学習すら使っていない旧来の汎用人工知能を作って稼がせるというのではなく、これがあったら便利だよねという情報を抽出するためのAIをたくさん作って、それをうまく使いこなすファンドが、より優位になると、われわれの世界では言われています。
編集部 AIは、トレーダー役になるのではなく、アシスタント役になるということですね。
月光為替 そのようなイメージです。例えば、あるクオンツファンドでは、AIを使ってGDP(国内総生産)の予測をし、それを基にトレードをしています。もともと人間が予測していましたが、AIにやらせた方が精度が上がるわけです。そしてその予測を得た後のトレードは、人間の判断となる。そのファンドが優秀な成果を上げるとすれば、AIが凄いのではなく、予測を導きそこから優位なトレードを実現する、裏側の人間の知見が凄いんです。
編集部 ところで、よく聞くテキストマイニングは、AIであるという文脈で語られることが多いですが、いかがでしょう。
月光為替 HFTについては、2000年ごろからありますから、それを指してAIというのは乱暴ですね。おそらく当時の機械学習でいえば、迷惑メールを振り分けるレベルだったのではないでしょうか。そもそも機械学習が発展し、ディープラーニングが登場したのは2012年ごろからの話です。現時点で、HFTにAIを有効利用しているところはあるでしょうが、一般的に言われるところのHFT=AIというのは違います。
同じように、もう一つのテキストマイニングについても旧来のクオンツの一形態に過ぎず、その精度は説明変数を用意する人間に依存しますから、これをAIと呼ぶには問題ありでしょう。いずれにせよ、AIの定義をあいまいにしたまま記事を書いてしまうマスコミが、現在の混乱を招いている原因であると言えますね。
AIへの幻想を捨て正しい現状認識をすることが重要
編集部 月光さんの現在の取り組みを教えてください。
月光為替 所属するヘッジファンドでは、AIの開発メンバーとして日夜研究しています。トレードは午前中に済ませて、その後は夜まで研究できるという環境を用意してもらっていて、この点ではとても恵まれていると感じています。それと並行して、個人的運用のためにも研究しているところです。
ファンドでは個別株中心となりますが、個人運用では為替を対象にしようと考えています。というのも、為替は株よりも説明変数が少なくて済むことが、与しやすいと考えるからです。基本的には価格と経済指標、加えるならニュースを説明変数にすれば良いだけなので、それ以上に情報が複雑な個別株よりもやりやすいんです。
そして、為替は「How」の部分の勝負となりますから、自分なりのアイデアで優位性を見いだしたいと思っています。私のブログでも公表しているように、試したいロジックをどんどんと準備している最中です。予定としては五つくらいを同時に走らせて、12~15%の年利を得られるよう目指しています。
AIといっても、アルゴリズム自体はモデルを回して、フィットする期間を見つけるとか、説明変数から次元圧縮したりだとか、そういう細かい調整を繰り返して、やっと良いものが一つ見つかる。それを地道に続けることです。
編集部 端的に、AIで何をしようとしているのでしょうか。
月光為替 いくつかアイデアがあります。詳細はさすがにお話しできませんが、ざっくりと言えば、一つはローソク足の何本か先が、上がるのか下がるのか、というチャートの予測。その他には、複数のロジックを同時に走らせ、その行列の中から勝ちやすいところを抜き出す、といったアイデアなどですね。あとは、AIを使わない、数学的なアルゴリズムのアイデアもあります。いずれにせよ、クオンツの域は出ていないですね。
編集部 では、このAIブームがどう進んでいくと見ておられますか?
月光為替 現在の環境下において、真の人工知能は完成しないでしょうから、現実的にはディープラーニングをどうトレードに生かすべきかという、知恵の部分での競争になるのではないでしょうか。ディープラーニングは、説明変数とモデルが全てだといっても過言ではありません。それを選ぶ人間のセンスが問われるんです。
現実として、今はどのファンドでも試行錯誤している最中でしょう。AIにより好成績を残したというニュースがあったとしても、そもそもファンドというのは5~6年のトラックレコードがなければ勝っているとは言いませんから、その期間を確認してみてください。1~2年の成績では、話になりません。
編集部 個人投資家の目線だと、いかがでしょう。
月光為替 詐欺に類する商品が蔓延するでしょうから、一般の方にはだまされないようになってもらいたいです。金融の世界でAIの名が付いた商品が登場し始めていますが、そのAIとは何なのか? 古い機械学習なのか、ディープラーニングなのかを確かめてください。
もっと突っ込んで言えば、どういう分類をしているのか、どんなアルゴリズムを使っているのか、説明変数は何か、次元圧縮は何か、といったところが重要です。ただ、一般的な機械学習であれば内部での処理が分かるのですが、ディープニューラルネットワークになると分からないという側面もあるんです。ここを詐欺に悪用されてしまうことを危惧しています。
それと、金融に限らず、どんな業界でもAIという名の付いた商品や製品が数多く登場しています。これは、AIという名前を付けるだけで、消費者が何だか凄い物だと勝手に思ってくれて、物が売れてしまう現状があるからなんですね。そんな状況ですから、誇大表現であったり、詐欺であったりするものも増加しています。皆さんにはぜひ、「AIが付いているから凄い」と無条件に受け入れずに、「何をもってAIとしているのか」という視点から、冷静な判断をできるようになってもらいたいです。
よろしいですか?