【無料全文公開】イエレンFRB議長、ドラギ総裁の変心~FRBの資産圧縮開始が視野~[安田佐和子]
安田佐和子さんプロフィール
やすだ・さわこ。三井物産戦略研究所北米担当研究員。世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移す。金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事する傍ら、ストリート・ウォッチャーの視点からニューヨークの不動産動向、商業活動、都市開発、カルチャーなど現地ならではの情報も配信中。2011年からは総合情報サイト「My Big Apple NY」を立ち上げ、ニューヨークからみたアメリカの現状をリポートしている。
総合情報サイト:My Big Apple NY
※この記事は、FX攻略.com2017年10月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
市場に意識させていたテーパリングを先送り
「ドラギよ、お前もか」といいたくなったのは筆者だけではないでしょう。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、7月20日開催の記者会見で量的緩和縮小(テーパリング)観測の先送りを示唆しました。
記者会見で「資産買入プログラムの変更にはまだ至っていない」「全会一致でフォワードガイダンスを変更しない、将来的な偏向を協議する特定の日程を設定しないと決定した」「秋に議論を実施し、そのころまでに入手可能なさまざまな情報を得る必要があり、具体的な予定を示したくなかった」などと発言。6月27日にポルトガルのシントラで上げた量的緩和縮小の狼煙を、見事に空の彼方へ消し去ってしまいました。念頭にインフレ伸び悩みや長期金利上昇の他、ユーロ高の文字が浮かんでいたに違いありません。
高い資産価格を懸念しより慎重な姿勢を示す
ドラギ総裁の一手は、大西洋を越えた米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長と一致していました。時計を巻き戻して6月27日、イエレンFRB議長はロンドンで資産価格をめぐり、「高いように映る」と明言し話題になったものです。
時を同じくして、フィッシャーFRB副議長も「高い資産価格は将来、金融不安定をもたらす恐れがある」、サンフランシスコ連銀総裁も「米株市場の過熱は明白で経済へのリスクであり、調整が起こり得る」と米株高に牽制球を放ちました。前日の6月26日には、NY連銀のダドリー総裁が低金利や米株高、信用スプレッドの縮小を指し利上げの必要性を唱え、米連邦公開市場委員会(FOMC)で指導的立場にある面々がそろってバブルの芽を摘む姿勢を鮮明にしたのです。おかげで、6月27日にはテクノロジー株を中心に下落し、人気銘柄の一角が弱気相場入りするほどでした。
ところが、7月12日に行われた半期に一度の議会証言で、イエレンFRB議長は資産価格について一切言及せず。米国とユーロ圏の中銀トップは共に、6月27日から変心したかのように当時の見解を繰り返しませんでした。
両氏が同タイミングで心変わりした理由は?
なぜ両者は、6月27日の発言から距離を置いたのでしょうか? 恐らく、米欧当局者は市場に緩和的な効果を与える共通の利点を見いだしたのではないでしょうか。利点とは、9月19~20日開催のFOMCで保有資産の圧縮を決定することです。そうすれば、米国にとって政策のツールが増えます。
すなわち、①景気が加速した場合は利上げとの合わせ技で活用でき、世界経済の安定につながる②景気が逆に悪化した場合は、米連邦準備制度(Fed)が利上げだけでなく資産圧縮も停止できる③景気が現状のような生温かい状況であれば、利上げを先送りしつつ着実に保有資産を縮小する−といった選択肢が可能になります。
もう一つのポイントは、ECBの資産買入の縮小が予想されている2018年半ばにおいて誰がFRB議長なのか不明であるということ。トランプ米大統領がFRB議長を指名するだけに、イエレン議長が在任中に資産圧縮の既成事実を作っておかなければ、上記三つの選択肢の確保が困難となり得ます。そう考えれば、前回のECBで利下げバイアスを排除するなど政策正常化に向けた地ならしを行いながら、資産買入縮小などの政策変更を10月26日開催の定例理事会に持ち越すのも、自然な成り行きです。
そもそもECBの次回会合は9月7日に予定されており、9月FOMCの前にあたります。資産買入縮小に積極的なドイツやオランダが文句をいわずに全会一致でフォワードガイダンスを維持したのも、こういったシナリオなら合点がいきます。
奇しくも、FRB議長候補として取り沙汰されるジョン・テイラー元米財務次官、グレン・ハバード元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長、ケビン・ウォーシュ元FRB理事が3%成長は可能と連名のレポートで主張しただけに、どのような政策運営になるのか皆目見当尽きません。レポート内容から察せられるトランプ政権との距離の近さも、懸念材料です。かつてニクソン大統領下でFRB議長となったアーサー・バーンズ氏のように、政治的配慮を行う金融政策を採用しかねないためです。
バーンズ氏が議長に就任した1970年に消費者物価指数は前年比で約6%だったものの、1974年後半には12%超まで上昇していました。バーンズ型では金融政策の正常化が遅れ、バブルを助長しかねません。
FRB議長の後任が不透明な中では、イエレン体制でバランスシートの圧縮を着手させ、選択肢を確保した方が米欧当局者にとって無難といえます。問題は、市場が緩和的であり続け、FOMCにバランスシート縮小を決定させられるかどうかです。
出所:FRBとブルームバーグより三井物産戦略研究所作成
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