【無料全文公開】これからの外国為替相場の行方 第90回[田嶋智太郎]
田嶋智太郎(たじま・ともたろう)さんプロフィール
経済アナリスト。アルフィナンツ代表取締役。1964年東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、現三菱UFJ証券勤務を経て転身。主に金融・経済全般から戦略的な企業経営、ひいては個人の資産形成、資金運用まで幅広い範囲を分析・研究する。民間企業や金融機関、新聞社、自治体、各種商工団体等の主催する講演会、セミナー、研修等の講師を務め、年間の講演回数はおよそ150回前後。週刊現代「ネットトレードの掟」、イグザミナ「マネーマエストロ養成講座」など、活字メディアの連載執筆、コメント掲載多数。また、数多のWEBサイトで株式、外国為替等のコラム執筆を担当し、株式・外為ストラテジストとしても高い評価を得ている。自由国民社「現代用語の基礎知識」のホームエコノミー欄も執筆担当。テレビ(テレビ朝日「やじうまプラス」、BS朝日「サンデーオンライン」)やラジオ(毎日放送「鋭ちゃんのあさいちラジオ」)などのレギュラー出演を経て、現在は日経CNBC「マーケットラップ」、ダイワ・証券情報TV「エコノミ☆マルシェ」などのレギュラーコメンテータを務める。主なDVDは「超わかりやすい。田嶋智太郎のFX入門」「超わかりやすい。田嶋智太郎のFX実践テクニカル分析編」。主な著書は『財産見直しマニュアル』(ぱる出版)、『FXチャート「儲け」の方程式』(アルケミックス)、『なぜFXで資産リッチになれるのか?』(テクスト)など多数。最新刊は『上昇する米国経済に乗って儲ける法』(自由国民社)。
※この記事は、FX攻略.com2017年10月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
2017年のドル円は後半も小動きに終始する?
もはや、2017年も後半に突入して久しいが、足下のドル円相場を見ていると、どうやら本年は年初に想定したとおり「1年を通じて比較的限られた値動きに留まる」ということになりそうな気配が濃厚である。
より具体的に言うと、大よそ113円あたりを中心軸として上下に各5円程度の値幅、つまりは108円~118円という10円程度の値幅のなかでの推移が今後もしばらく続くのではないかということである。
振り返ってみれば、昨年(2016年)のドル円は、120円前後の水準からスタートして一時はブレグジット・ショックで99円まで下押すなど、非常に大きな値幅のなかで上下した。
実のところ、昨年は年初から少なからぬ市場関係者が「今年は1年を通じて少々大きく動く可能性がある」との見通しを語っていたのである。その理由は様々あったが、最も単純なのは「前年(2015年)の値動きが極めて限られたものだったから」というものであった。要は、大きく動く年とあまり動かない年が交互にやってくるというのである。
単なる偶然と言ってしまえばそれまでだが、相場が見せる様々な“表情”のなかには、このような「偶然に見える」事例というものが数多くある。もちろん、なかには本当に偶然というケースもないではないが、多くの場合は偶然でも何でもない。言わば相場が刻む一定のリズム、パターンのようなもので、これはテクニカル分析においても応用されることが少なくない。
それは、過去に起きた比較的印象的な出来事が、何らかの形で投資家の頭のなかのどこかに“アーカイブ”され、後に何らかの刺激によってそれが“解凍”され、実際の投資行動に影響を及ぼすということなのであろう。
たとえば、ドル円が大よそ8年ごとに目立った高値をつけて反落に転じるというのは有名な話であって、直近で125.85円の高値をつけた2015年6月は、かつて124.13円の高値をつけて一旦反落した2007年6月のちょうど8年後であった。
また、今年に入ってドル円は3月10日、5月10日、7月11日と、奇数月の10日あたりに決まって目立った高値をつけ、後に一旦反落している。このパターンに基づいて考えるなら、次は「9月10日あたりに一旦高値をつけに行く」と想定してみるのも一興である。
米政策金利の「水準」が実は重要な意味を持つ!?
無論、2017年のドル円が比較的小動きに留まると想定するのは、単に「大きく動く年とあまり動かない年が交互にやってくるパターンが近年は認められている」ということだけが理由ではない。
周知のとおり、今年は年初めから「米連邦準備制度理事会(FRB)は3回の利上げを実施する可能性が高い」というのが市場のコンセンサスとなっていた。
よって、年3回のペースで着実にときが経過し、ことが運んでいれば、それは既に織り込み済みであり、相場にとって特段の材料とはならない。
回数だけでなくペースも重要であるが、既に3月と6月の2回利上げが実施され、残る1回は9月ではなくて12月と見る向きが多いようである。そして、そこにはFRBのバランスシート縮小との兼ね合いというものもある。イエレン議長はじめ米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの多くは「比較的早期」に開始するとしており、今のところ有力視されているのは「9月開始」のシナリオである。よって結果、追加利上げは12月が適当であり、それは利上げの先送りというのとはまったくワケが違うということになる。
あまり市場では指摘されていないようだが、実は6月のFOMCで利上げが実施された結果、米政策金利が1.00−1.25%という水準になったことが意外に大きい意味を持つと筆者は個人的に考えている。つまり「今年2回目」よりも、その「水準」が重要ということである。
この1.00%+αの水準というのは、言わば本来の「スタート地点」ということになるだろう。思えば、2004年6月から2年間にわたり、立て続けに実施された米利上げも、最初は1.00%からスタートして最終的に5.25%に到達した。
現在の1.00%は、なおも「正常な状態」とは言えず、いまだ「正常化の過程」にあることは紛れもない事実である。ただ、とにもかくにも1.00%にも満たないというのでは話にもならない。その意味で、実質ゼロ金利からスタートしたこれまでの米利上げというのは、とりあえず出発駅のホームに列車を入線させるプロセスだった(乗客を乗せて走り出すのはこれから)とでも言えようか。
考えてみれば、ゼロ金利も異常だが、リーマン・ショック後に行った3段階の量的緩和(QE)で計4兆5千億ドルもばら撒いておいて、いまだ1セントも「回収」していないというのは、もっとずっと異常という認識を持つことが重要と言えよう。
つまり、本質的には「回収」が先なのだが、さすがにゼロ金利はお話にもならないので、先にそちらから手を付けることにしたという理解でいいのではないだろうか。
言えることは、FRBが次の利上げを9月に前倒しでもしない限り、本格的なドル買いの流れは生じにくい。とはいえ、12月利上げの可能性が残されているうちは、無下にドル売りに走るわけにもいかない。
12月利上げが先送りされる事態にでもなれば、それは一旦ドル売り圧力が強まる場面もあろうが、少なくとも事前に利上げの可能性が封印されてしまうことはないだろう。よって、ドル円は2107年の後半も動きにくい状態が続くものと見られるのである。
ドル円の月足・終値は月足「雲」に潜り込むか?
加えて、テクニカルな観点からしても、足下のドル円はなかなか動きにくい状況となってきているようであり、それは特にドル円の月足チャートを眺めたときに強く感じられる。
過去に本欄でも幾度かチェックしているが、ここでドル円の月足チャートを再度引っ張り出してきて、そこに一目均衡表や31か月移動平均線(31か月線)などを描画し、あらためてテクニカルなアプローチを試みたい。
チャート①に見るように、執筆時(7月下旬)におけるドル円の月足ローソクは、7月の終値で一目均衡表の月足「雲」上限よりも下方に位置する可能性を否定し得ない状況となっている。仮に月足の終値が月足「雲」のなかに位置することとなれば、それは2013年10月以来の一大事ということになる。
振り返れば、前月(6月)も月中に一旦は月足「雲」のなかに潜り込む場面がありながら、終値では「雲」上限よりも上方に位置することとなった。結局、この月足「雲」上限は今年4月、5月、6月にかけてドル円の下値をサポートする役割を果たしてきたわけで、仮に同サポートがブレイクされるということになれば、その後はしばらく上値の重い状態が続きやすいと見られる。
また、今年の年初来、ずっとドル円の上値が31か月線によって押さえられる格好となっている点も再確認しておきたい。思えば、昨年4月に月足ローソクが31か月線をクリアに下抜けたところから、その後、しばらく調整局面が続いたことは、いまだ記憶に新しい。
後にトランプ・ラリーで一旦は31か月線を上抜ける場面もあったものの、今年に入ってからは再び上値抵抗として意識されるようになった。直近では7月11日に一時114.49円まで上値を伸ばす場面があったが、そこは31か月線にガッチリと押さえられた格好となっている。
さらに、一応は月足の「遅行線」にも目を向けておきたい。見れば一目瞭然なのだが、この遅行線が昨年8月以降、26か月前の月足ローソクが位置するところを下抜けそうで下抜けず、その後の10月、11月、12月は、月足ローソクに沿うように上方へ向かうこととなり、当時の動きは、まさに“アート”としか言いようのないものであった。
とまれ、今年1月以降は26か月前の月足ローソクが位置するところを下抜ける格好となっており、やはりこれは当面の値動きが重苦しくなりやすいことを示していると考えざるを得ない。
足下の急なユーロ高は投機色が強く要警戒!
最後に、足下のドルが対ユーロでの下げを急にしている、と言うよりもユーロドルの上昇が目立って急になっている点にも注目しておきたい。
執筆時のユーロドルは一時1.1780ドル近辺まで上値を伸ばす場面を垣間見ており、ついに「2015年8月高値=1.1714ドル」や「2014年5月高値から今年1月安値までの下げに対する38.2%戻し=1.1734ドル」といった水準をも上抜けてきている。
よって、ついにユーロドルは2015年1月以降、約2年半にわたって形成してきた「フラット型」の保ち合いレンジを上放れたと考えるべきなのであろうが…ここは少し時間が欲しい(しばらく行方を見定めたい)ところだ。
ハッキリ言って、足下のユーロ高はかなり投機的である。市場は「欧州中央銀行(ECB)がQEの『出口』に向けて本格的に動き出すときは近い」と判断しているようであり、少なくともそのことを一つの口実にしてユーロを強く買い上げてきている。
しかし、7月20日に行われたECB理事会の声明文には「見通し悪化の場合、QEの規模と期間を拡大する」との文言が残され、さらに「金利はQEの終了後もかなりの期間現行水準に留まる」などと記されていた。さらに、理事会後の会見でドラギ総裁は「景気拡大はまだ物価に波及していない」「基調インフレ圧力は引き続き抑制されている」など、かなりハト派寄りの発言を繰り返していたのである。
前回の本欄でも述べたが、確かにユーロ圏の域内景気は足下ですこぶる好調のようである。ただし、それは長らく続いたユーロ安の状態がもたらしたものだ。よって、いきなり急なユーロ高になると、とたんに景気の先行きに暗雲が漂い始めて、将来的なユーロ売りの材料が提供されるようになる。一方で、しばらく“ドル安”の状態が続くと、いずれ米国内のインフレ率が上昇してきて、自ずとドル買いの材料が提供されるようにもなる。
そんななか、なおも日銀の政策だけは「出口」からほど遠く、市場が積極的な円買いを継続するような材料はそう簡単には見つからない…。
よろしいですか?