【無料全文公開】なぜ相場は「皆の望まない方向に進む」のか?[水上紀行]
気まぐれに動いているようにも見える相場ですが、実はマーケット参加者の思考がその動きに大きく関わっています。ここではトレーダーの思考と値動きの関係について水上紀行さんに解説していただきます。思い込みや先入観を取り除いて、冷静にチャートを見つめてみませんか?
※この記事は、FX攻略.com2017年5月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
水上紀行さんプロフィール
みずかみ・のりゆき。バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年、上智大学経済学部卒業後、三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。5年間の支店業務を経て、ロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。東京外国為替市場で「三和の水上」の名で知られる。ドレスナー銀行にて、外国為替部長。1996年より RBS銀行にて、外国為替部長を経て、外為営業部長。2007年より バーニャ マーケット フォーカスト代表。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。
ひらめいてから現実になるには相当な時間が要る
相場がある状態になったときに「ひらめく」ことは、誰にでもあると思います。しかもそのひらめきの方向性は、基本的には合っていることが多く、その点は自信を持って良いと思います。ところがひらめいても、良い結果にはつながらないことも現実としてあります。なぜなら、ひらめくと我慢しきれずすぐに相場に飛び込んでしまうからです。
実は、相場が思っている方向に動き出すまでには、想像以上の時間がかかるものなのです。それこそ、じれったいほどの時間がかかるものだと思ってください。しかしマーケットの多くの参加者は、その本当に動くタイミングまで待ちきれずに、非常に早い段階で相場に飛び込んでしまいがちです。
その結果、一方向にポジションが偏ってしまい、売り過ぎ、買い過ぎになるため、相場は反転して損切りを呼ぶことになります。この振り落としが俗にいう「相場のアヤ」で、誰かに仕掛けられているのではなく、実は自分を含め、相場の方向を同じに見たマーケット参加者のポジションが偏り過ぎた結果、引き起こされているものなのです。
これをもっと厳密にいうならば、大多数の考えと同じように行動すると、思惑を外したときにその分、大きな痛手を食らうということです。
人の行く裏に道あり花の山
私が好きな言葉です。人が行くのとは違う方向に儲けの山があるという意味でしょうか。要は、皆と同じことをしていても、儲けには限りがあるということ。独創的な発想を持つことが必要です。
私がトレーディングの世界で、その発想とスケールの大きさで驚いた一例を挙げましょう。アンディー・クリーガーという米国人トレーダーについてお話しします。
彼は、今はドイツ銀行に買収された、猛烈にトレーディングをすることで世界的に有名な米国のバンカーズ・トラストという銀行の、またその中でも特に猛烈なトレーダーでした。当時のバンカーズ・トラストの会長は、「トレーディングでつぶれた銀行はない」と言い切り、トレーディングを大いに奨励していました。
アンディー・クリーガーの為替市場へのデビューは実に唐突でした。もともと彼は通貨オプションのトレーダーで、そのヘッジで為替市場に出てきたのですが、たたいてくる(売り買いしてくる)金額がそれはもう半端な額ではありませんでした。
その上、一気呵成にたたいてきたので、1週間もしないうちに世界中のマーケット関係者の中で彼を知らない者はいなくなりました。彼の手口の一つを、ずっと後になって彼の知り合いから教えてもらったのですが、思わず唸ってしまうものでした。
例えば「米ドル/円」が113.55ー60円のときに、113.30円のOffer(オファー、売り)を、ブローカーを通じてマーケットに入れます。そうしますと、マーケットレートより低いレートですから買いが群がってきます。ここで、ひとまず500本(5億ドル、1本=100万ドル)を売ります。
次にさらに低い113.10円のOfferを入れます。もちろん、これにも買いが群がってきます。この段階で追加の500本を売り、合計1000本(10億ドル)のショートとなります。この状況で、マーケットは短期的にOverbought(オーバー・ボート、買い過ぎ)気味になっています。
そこで彼は一斉に他の銀行を何行も呼び、ダイレクト(ブローカーという仲介業者を経由せず直接他行を呼ぶこと)でプライスを聞き(Direct Deal)、とどめの1000本を叩き込みますから、完全にOverboughtになった他の銀行は堪りません。総投げ状態に陥り、マーケットにはBid(買値)もないまま急落します。そんな喧騒の中、彼は低いBidを出しながら、悠然と利食ったという寸法です。
今やリスク・コントロールが厳しくなり、こうしたディーリングは基本的には外銀、邦銀共に不可能です。一部アグレッシブ(積極的)といわれる米系投資銀行でも、ここまではできないほどで、その独創性とスケールには驚きました。
もちろんこれほどのスケールは求めませんが、相場観の独創性を意識して持つことは必要です。なぜなら多くのトレーダーが、同じような発想を、同じようなタイミングで持つからです。だからこそ、意識的に発想の転換を心掛けることが重要です。
相場の偏りが鍵
相場とは、皆が望まない方向に進むものとか、自分のポジションがマーケットに見透かされているようだといった言葉をよく耳にします。それはある意味、当たり前といえば当たり前のことです。
なぜなら、多くの人々が望む方向が一方向に偏り、その結果売り過ぎあるいは買い過ぎとなり、相場が逆方向にしか動かなくなるためです。しかも、マーケットの望む方向が片側に偏っているという事実に、多くのマーケット参加者が気付いていないことが多いといえます。
それは、このテクニカル分析あるいはこの相場観は自分だけのもので、マーケットの大勢は知らないと思い込んでいるためだと思います。しかし、秘蔵のテクニカル分析も相場観も、実はマーケット参加者の大勢の意見で、ただ誰もあえて語りはしないことから、あたかも皆が知らないように見えるのです。
そのため、目論みに反した相場となるとマーケットがおかしいと思ってしまいますが、実は同じ方向にポジションを張っていた他の目端の利くマーケット参加者が、思っていた相場展開と実際が違ったときに相場から脱出するため、反対売買をした結果に過ぎないことがほとんどです。
したがって、マーケットが今何をテーマにしていて、相場がどうなることを望んでいるかについては、日頃から推理することが必要になるわけです。その推理をするのに効果的なのが、値動き分析だと思います。
マーケットがショートになっているかロングになっているか、相場の値動きから読む癖を常日頃からつけることが大事です。
値動き分析とは
値動き分析について簡単に解説します。今のマーケットのポジションがロングになっているか、あるいはショートになっているかを読むことは、トレーディングをする上で大変重要です。
マーケットポジションを読む上で、よく参考になるのがシカゴIMMポジションです。ただし毎週火曜日段階のポジションがその週の金曜日に発表されるため、直近のものではなく、あくまでも参考にしかなりません。
また、FX会社が顧客のポジションの偏りを公表する場合もありますが、国内の個人投資家層のポジションの偏りでしかありません。国内の個人投資家層は独特のポジションの偏り方をしますので、参考にはなりますが、決してマーケット全体の偏りを示してはいません。
マーケット全体のポジションの偏りをリアルタイムに読み取る上で、数値ではありませんが、値動き分析が役に立つと個人的には考えています。値動き分析は、経験を積むことによって買いが強い、売りが強い、つまりマーケットのショート・ロングを体で感じ取るもので、決して科学的ではありません。
しかし、私自身の経験からしますと、この感覚を会得するとマーケットのポジションがおおむね読めるようになり、非常に役に立ちます。まずこの感覚を得る上で大事なことは、自分がマーケットから感じる重い堅いを否定せず、素直に受け入れることです。
素直に相場の動きを感じると、マーケットがショートポジションで下がりきれないとか、マーケットがロングポジションで上がりきれないということが分かってきます。
また、自分は買いだと思っているのに売りが強いことに対し素直になれずむかつくときは、この相場は間違っていると考えるのではなく、自分と同じようにロングになっているマーケット参加者が多い状況を示していると解釈し、自らのロングを閉じることが賢明です。
否定したくなったりむかついたりする相場ほど、真実を語っていると思うべきと感じています。この感覚を会得するまで時間はそれなりにかかりますが、身に付けると大変役に立ちます。
相場は心理戦
以上のように、マーケットは心理や発想に大きな影響を受けていることが分かります。ともすると、相場を無機質なもののように捉える見方もありますが、もしそうであれば、マーケットに心理的な混乱によるパニックが起きることなどありません。
しかし実際には、マーケットの大勢の見方が一方に大きく偏ると、まさに今回の題名にもなった、「相場は誰もが望まない方向」に進むことになるわけです。したがって、マーケットのどれだけ大勢が、何を考えているかを推理することが重要になるのです。
マーケットの心理をお互いに読み合っているという点において、相場は心理戦といえるでしょう。
よろしいですか?