【特別レポート~為替市場 2018/3/6】なぜ円高になっているのか【江守哲のリアルトレーディング・ストラテジー】
江守哲のリアルトレーディング・ストラテジー 2018年03月05日 20時45分
配信者:ECM
ドル円は下落基調が続いている。とうとう年初来安値を更新する動きになっている。市場では「黒田発言がポイントになった」としているが、それまでにすでに円高になっていたわけであり、真の意味ではあまり関係ないともいえる。特に日本の市場関係者の多くが根拠のない円安予想だったこともあり、黒田日銀総裁への恨み節といったところであろうか。黒田総裁の発言についてはのちに触れるとして、それにしても円高圧力はものすごい。日米実質金利差から見た理論値である112円を大きく下回っている。このようなときは、私は「いまは政治要因が効いている」と判断している。それが過去の経緯だからである。
わかりやすいのは、2010年から11年ごろの欧州債務危機のときと、その後の15年12月の米国の利上げ以降の動きである。ここはまさに政治で為替が動いたときである。欧米勢は日本に対して、「今は苦しいので、円高で我慢してえらえないか」と打診し、受け入れさせた。幸いというか、このときは09年9月から民主党政権になっていた。欧米から圧力をかけやすかった面があったのだろう。その結果、ドル円は11年11月に75.55円まで円高が進んだ。
この年の3月には不幸にも東日本大震災が起き、民主党政権の対応のまずさで、政権への信認が地に落ちたことは記憶に新しいところである。その意味では、日本も一大事だったといえる。
しかし、体よく当時の野田首相が安倍自民党総裁に対抗し、解散したことで空気が変わった。これを機に、欧米は「これまで円高を耐えてくれてありがとう。もう円安にしていいよ」と日本に通知したわけである。これにより、為替相場の転換が始まったのである。衆院解散前の12年9月には77.11円まで下げていたドル円は、その後上昇基調を続け、15年6月には125.85円まで上昇した。安倍首相は非常い良いタイミングで再登板したことになる。これは、本当に運がよかったのであり、安倍首相の政策で円安になったと追うのは大間違いである。
さて、円安を謳歌していた安倍政権だったが、さすがに125円超は米国は許してくれなかった。ここまでの円安がドル円のピークとなった。15年は米国がこれまでの緩和策をやめ、利上げに入ることを検討していたときでもある。利上げでこれ以上のドル高になると、株高基調に変調をきたし、景気が悪化することから、ドル高は避けなければならなかったわけである。これを前後して、黒田日銀総裁からも「125円以上の円高がよいわけではない」などといった趣旨の発言が飛びだすなど、円安になりづらくする雰囲気が作り出されていった。
結果的に、15年12月の最初の利上げを契機に、ドル円は再び円高基調に向かい、いまに至っている。そして、16年6月の英国のEU離脱を問う国民投票の結果を受けて、ドル円は一時99.08円まで下げた。その後、その年の11月に米大統領選があり、トランプ大統領が勝利したことで米長期金利が上昇し、ドル円も上昇し、12月には118.66円まで買われた。しかし、これは市場の判断は明らかに間違いだったのである。トランプ政権が掲げる減税とインフラ投資という政策は財政悪化を招く。つまり、本来はドル安になる。さらに、トランプ政権自体が明確なドル安政策を取っているため、当然のことながら、ドルは下げていった。
今の円高もその流れの一環であり、これはもう避けられない事態であるということである。麻生財務相がドル円に関して最近は口ごもるのも、米国からの強い圧力があるからであろう。過去に円高になったとに、市場の動きをけん制したこともあったが、いまは日本が勝手に介入することも、まして市場にけん制的な発言をすることもできなくなっていっている。このように、いまは米国の意向で、円高になるのは必然である。したがって、理論値の112円から乖離してもおかしくないわけである。ちなみに、上記の民主党政権時のドル円の理論値は94.65円だった。それが75円台まで下げている。つまり、理論値から20円も円高になっていたのである。それだけ政治ファクターが円高圧力として効いていたことになる。さすがに理論値から20円近くも下げるのは行き過ぎとしても、15円程度であればあり得るということである。そう考えると、いまのドル円が100円まで下げても、全くおかしくないともいえる。
さて、黒田総裁への恨み節が聞こえてきそうな市場だが、その黒田発言をかなり拡大解釈をして扱った可能性が指摘されている。衆院は2日に行った議院運営委員会で、政府が日銀総裁として再任を提示した黒田東彦氏から所信を聴取した。黒田総裁は「強力な金融緩和を粘り強く続けていくことで2%の物価目標を実現できる」とし、「デフレからの完全脱却に向けて、総仕上げを果たすべく全力で取り組む覚悟だ」とした。その後の質疑では、就任後5年間の大規模緩和について、「もはやデフレでない状況ははっきりしている」と効果に言及した。ただし、物価目標の実現は程遠いことから、「必要があればさらなる緩和も検討する」とし、一段の緩和強化も排除せず政策運営を進める考えを示した。とはいえ、超低金利の長期化で銀行の利ざや縮小や収益悪化など副作用も目立っており、いまの政策には批判的な声も多く聞かれている。黒田総裁も「地域金融機関の収益力に影響が出てきているのは事実」と認めている。
しかし、黒田総裁は金融政策を正常化する「出口論」に関して「直ちに議論するのは適切ではない」とし、政策見直しには慎重な姿勢を崩さなかった。つまり、2期目を迎える黒田総裁にとって、2%の物価目標の達成が最優先の課題になる。黒田総裁は所信聴取で「物価目標達成への総仕上げとの思いで再任を引き受けた」としている。黒田総裁は13年の就任当初に、2%の物価目標は2年程度で達成できると主張した。しかし、物価の低迷が続き、実現時期は6度も先送りされている。現時点で日銀は「19年度ごろ」の目標達成を見込んでおり、当面は大規模な金融緩和を続ける方針である。マイナス金利政策など長引く低金利の副作用は膨らんでいるが、緩和の出口が遠のくようだと、金融機関の収益悪化がさらに深刻になる恐れがあり、これまで以上に難しい政策運営を迫られるだろう。
そもそも、欧米では、金融政策によりインフレにすることはできないとの結論になっている。それを日銀だけがいまだに続けていることにかなりの違和感がある。黒田総裁は、緩和策では2%の物価目標の達成はできないことを、すでに理解しているはずである。それでも続けざるを得ないのは、自身がぶち上げた政策であることへの責任と、安倍首相からの強い圧力があるからだろう。いま出口論をかざせば、大変な円高・株安になることは自明であろう。そうなれば、安倍首相が掲げる19年10月からの消費増税で景気は大きく冷え込み、2020年の東京五輪を首相で迎えるという目標は達成できなくなる。
これからの政権運営及び金融政策運営は相当難しいものになるといえる。また、市場では、黒田氏の高齢を懸念した任期途中での退任観測もくすぶっている。一方で、安倍首相はこれまでの黒田総裁の手腕を高く評価していることが、再任につながったとされている。しかし、現在73歳の黒田総裁が続投すれば、退任時は78歳である。日銀総裁は海外出張や国会出席などで多忙で、これまで2期10年を満了まで務めた例はない。市場では、黒田総裁が任期途中で退任すれば、副総裁に就く雨宮氏が昇格するのではないかとの観測も出ている。これまでの黒田日銀の政策実務を担当していたのが雨宮氏であることを考えると、十分に考えられる人事である。
雨宮氏はこれまでの日銀の政策を立案してきた人物であり、政策への影響はほとんどないだろう。一方、若田部氏はリフレ派とされているが、すでにその役割は終わっており、お飾りになるだろう。もっとも、若田部氏が指名された背景には、安倍首相からの特使といった役回りがある。黒田総裁が出口論をかざす前に歯止めを掛けてほしい、そんな意図が見え隠れする。このように考えると、日銀ができることも限られており、政策で円安に持っていくこともほぼ不可能といえるだろう。
景気が悪化し、かなり厳しい状況に追い込まれ、米国が救いの手を差し伸べてくれるのを待つしか円安にする方法がないのが現状である。もっとも、いまの日本は景気も良く、企業業績も好調である。今の段階で円高への嘆き節を米国に向けても、全く相手にさえしてくれないだろう。つまり、円安になってほしいなどと、意味のない期待を持たないことである。ただし、これまで円安を唱えていた評論家たちが、105円割れの可能性に言及し始めている。したがって、そろそろ円高が止まるかもしれない。また、ドル円は3月の弱気シナリオのレンジ下限を下回っている。いまの円高が一時的には行き過ぎていることだけは確かであろう。いったんは戻りを試す、そのようなタイミングが来そうである。
江守哲のリアルトレーディング・ストラテジー
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