米貨幣流通速度、長期崩落に歯止め機運 株式会社ジャパンエコノミックパルス
配信日:2017/03/03 18:51
米国ではマネーの回転や信用創造の度合いを示す 貨幣流通速度(名目 GDP/マネーサプライ)に、2008 年以降の長期崩落から歯止め機運が見られ始めた。 まだ完全には底入れしていないものの前年比や前期 比では下げ渋りとなっており、FRB による緩和的な 金融政策の維持やトランプ政権の政策期待を受けた アニマル・スピリット覚醒とあいまって、信用創造 ループの再生や物価底入れ、マイルドなインフレ社 会への回帰による持続的な好連鎖軌道が後押しされ ていく。FRB による緩やかな「正常化」利上げも支 援されやすい。
米銀株は前年比 50%高、過去は設備投資に伝播
「(2010 年時点での)米国経済は長期停滞に苦しむ 日本型のデフレに、歴史上で最も近づいている。米 国では貨幣流通速度(Money Velocity)も落ち込み が続いており、いくらマネーサプライが増加したと しても、この速度が縮小(=需要縮小)している限 り、物価は上昇しない」――。
2010 年 7 月、米セントルイス連銀のブラード総裁 は論文でこのようなニュアンスの警告を発した。そ のうえで、米国経済にショックが加わった場合は、 「米国債の購入を通じた量的緩和策の拡大(QE)が より適切」、「貨幣量が一段と増えれば、インフレ期 待が変わるだろう」といった提言を行っている。そ の後、この警鐘を引き継ぐ形で、FRB は同年 11 月に 大胆な量的緩和第 2 弾(QE2)の緩和強化に踏み切っ た。 現在は QE2 から 6 年以上が経過したが、依然とし て「名目 GDP÷資金供給量」で算出される米国の貨 幣流通速度は完全に底入れしていない。
背景として は、1)名目 GDP などの成長ペースの鈍さ、2)FRB に よるバランスシートの高位横這い維持(償還国債の 再投資など)、3)クレジットカードやフィンテックな どの普及拡大――といった要因がある。 しかし、最新 10-12 月 GDP を踏まえたマネーサプ ライ M1 ベースの米貨幣流通速度は前期比で-0.8% となり(7-9月は-0.9%)、2011年7-9月の-6.3% をボトムとした下げ止まり基調を明確化させた(ブ ルームバーグ統計参考)。前年比でも-4.9%となり、 前期の-4.2%からはやや悪化したが、2009 年 4-6 月の-17.0%、2011 年 12 月の-13.0%などをボト ムとした底入れ軌道を固めている。
そもそも「貨幣流通速度」とは、マネー(貨幣) が取引を媒介しながら全体としてどれだけ使われた か、その平均的な回転率を指すものだ。マネーが消 費や設備投資に向かい、経済活動が活発化してマネ ーサプライ(マネーストック)の増加率以上に GDP の伸び率が大きくなれば、貨幣の流通速度は速くな る。反対にマネーサプライの増加率よりも GDP の伸 び率が小さくなれば、貨幣の流通速度は低下する。 その意味で足元の米国における貨幣流通速度の下 げ渋りは、金融経済の正常化とデフレ圧力の後退を 示唆するものだ。
FRB による低金利持続を受けた緩 和マネーを「生き金」として実体経済の血肉へと還 流させ、信用創造ループの再生や物価底入れ、マイ ルドなインフレ社会への回帰による持続的な好連鎖 軌道をセメントのように塗る固める効果を持つ。ひ いては FRB が 3 月利上げを含めて希求する「引き締 めでない、金融正常化(中立化)までの緩やかな利 上げ継続」を支援するものだ。 しかも現在は信用創造が修復している中で、トラ ンプ新政権の政策期待により、経営者のアニマル・ スピリットが覚醒され始めた。金融規制改革の緩和 期待や FRB の利上げ警戒もまた、金利上昇前の駆け 込みを含めた資金調達需要を喚起させている。S& P500 の商業銀行株指数は 2 日に 445 ポイントまで上 昇する場面があり、2007 年の高値上抜け攻防に直面 してきた。前年比では 50%近い急騰となっているが、 過去実績として銀行株の上昇は貸出動向や設備投資、 信用創造などの先行指標となっている。
貨幣流通速度の改善、FRB 利上げサイクルと符号
とくに米国では 2014 年半ば以降、原油急落を受け てシェール業界を始めとした資源エネルギー業界の 設備投資が急減してきた。米鉱工業生産の設備稼働 率は 2014 年 11 月の 78.89%をピークに急低下し、 昨年 3 月には 74.89%と 2010 年以来の低水準に落ち 込んだ。最新の今年 1 月も 75.35%と停滞が続いて いる。 その分だけ今後については、直近最高の 78%やリ ーマン・ショック前の 80%方向への改善余地が残さ れている。
現在は資源関連などで過剰生産・在庫の 再燃リスクをはらみながらも、トランプ政権による 国産資源振興策や法人税減税期待もあって、「米国で 設備投資ブームが広がりつつある」(大手米系金融機 関幹部)。今後は既存設備の稼働復活を経て、稼働率 の上昇と新規の設備投資増加の伸びシロが注目され そうだ。米国での設備稼働率は需給ギャップと密接 な相関性を有しており、過去には米国の長期金利や 銀行株、ひいてはドル/円と連動性を有してきた。 ちなみに前回、M1 ベースの米貨幣流通速度が前年 比でマイナスからプラス定着した局面としては、 2004 年 1-3 月があった。同時期に時間あたり平均 株式会社ジャパンエコノミックパルス Japan Economic Pulse Co., Ltd. info@j-pulse.co.jp 2017/3/3 賃金の名目前年比は+1.8%(前期は+1.7%)で底入 れし、2006 年にかけて+4.2%方向へと上昇モメン タムが同時点火されている。
PCE コア・デフレータ ー前年比も 2003 年後半で底入れを固め、2007 年前 半にかけて同時上昇となっていた。結果、FRB は 2004 年 6 月から利上げを開始し、2006 年 6 月までの 2 年 間、利上げサイクルを継続させた実績を有している。 1980 年代以降の経験則でも、貨幣流通速度が前年 比でプラス幅を拡大させた 1996 年、1994 年、1988 年などで、FRB は同時進行による複数利上げを実施 してきた。現在の FRB は 3 月 10 日雇用統計での賃金 動向などに不透明感が漂いながらも、3 月 15 日 FOMC での利上げ地ならしを強化させている。
その一因と しては 2 月 28 日に公表された 10-12 月 GDP 改定値 で安定した成長軌道入りを確認し、貨幣流通速度を 含めた金融・経済・物価環境の正常化回帰に自信を 深めた可能性も排除できない。 しかも昨年 10-12 月の米 GDP では、名目の前年比 が+3.5%のプラス成長を維持させている。昨年 4- 6 月の+2.5%をボトムに、緩やかな安定成長へと戻 りつつある。昨年 10-12 月に米国の 10 年債金利は 急上昇したが、それでも期中の最高は 2.64%前後で あった。結果、名目 GDP 伸び率は 10 年債金利を+ 0.9%近く上回っており、まだ超緩和的な金融経済環 境が維持されている。 すでにこうした名目GDP前年比が10年債金利を上 回る超緩和環境は、2010 年から 7 年近くも定着して きた。その累積刺激効果が足元の米国株の過去最高 値更新といった資産価格をサポートしているほか、 貨幣流通速度の緩やかな正常化回帰を後押しさせて いる。今年も米国の名目 GDP は前年比+3%から+ 4%前後での安定成長が期待されており、10 年債金 利が 3%を大きく超えない限りは、「金融引き締めに よる米国株の急落や米国経済の失速」といったリス クは回避されよう。
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